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色即是空

2013.05.19 Sun
最近は子どもを寝かしつけた時点で精も根も尽き果てるので、そのまま22時には寝てしまいます。起床は7時~7時半くらいですが、なぜかいつも2~3時に目が覚めてしまいます。1時間くらい、あーでもないこーでもないと考えをめぐらせ、また眠りにつきます。

というわけで、今は夜中ですが、せっかく思考が全速力で走っているので、認(したた)めます。




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『挫折の跡』




自分の中で、これら陶器作りから始まる苔盆栽の創作活動は、いろいろな面で腑に落ちるものであります。
単に創作というわけでもなくて、単に園芸というわけでもない、表現しがたいですが、念が籠るっていうんでしょうか。想いとか、表現したい欲求とか、そういうものを全力で叩きつけるような。それ以外にも言葉選びとか。例えば、本作品の「跡」という表現は、決して「痕」ではないんです。つまり、「傷痕」ではないんです。言うなれば、「轍(わだち)」。轍というのは、車輪が通った跡を意味します。

芸術は美しさを表現したい欲求とかがあると思うんですが、単に美しいだけでは、美しさを表現することはできないと思うんです。人間もしかり。美しいだけでは美しくならない。砂を噛むような思いとか、苦節を重ね、腐らずに生き抜くところから真価を帯びてくると。

1作品目の「誕生」から始まり、この「挫折の跡」は4作品目となります。2~3作は、「無題」で、自信作とは言えません。ただ、ここで極めて重要だと言えるのは、それら2~3作品目の存在が無意味かと言えば、そうではありません。じゃあ、これらは何のために存在しているのだ?それは愚問です。問う意味そのものが存在しないと思うのです。例えば、自分は何のために存在しているのだ?という問いは、私の感覚では「愚問」です。存在する意味もなければ、問う意味もありません。

それに、本当に存在しているとも限りません。例えば私、例えばあなた。本当に存在していると言い切れますか?人の視覚はそこまで確かでしょうか。目で見えるものだけが全てではありません。たまに、存在感がなくなるときってあるでしょう。「あれ?いたんだ」みたいな時です。どういう角度から見るか、或いは、どういう感性、思惑で見るか、感じるかによって、存在というものは、結構あやふやになるんです。つまり、「存在=意識」であるとも言えます。意識しなければ存在してないかもしれないということ。何も考えずにボーっとしているときは、たぶん自分自身が存在していません。

それでいいと思うんです。だからどの作品も存在しているか否かとか、そういうものはどうでもいいんです。ただ、私の主観で優劣はあるんです。傑作と駄作は出るんです。

優があるから劣があり、劣があるから優がある。

更に突き詰めれば

「色即是空、空即是色」

因果(原因と結果)の因と果はどっちが先ってこともなく、固定的でもありません。そういうことを考える私自身の思考や存在も不変ではありませんし、優劣も不変ではありません。だから、あんまり意味がないんです。あるかもしれないし。どっちでもいいかもしれないし、そうでないかもしれない。


ところで、以前書いた、水草のレイアウトでの前景後景の話題ですが、あれは全部を万遍なく見るための尺度なんです。全部を万遍なく見る、見ようとする心、またそれによって得られた世界が美しいのかどうか、私にはわかりません。人間であっても、裏と表、或いは、正と負で構成されていますし、それでこそ、というものもあります。


戻りますが、「念が籠る」といえば、基本的には私は物に念を籠めます。というか籠めてしまいます。例えば、水槽で使っている鋏や網。網はもう10年以上使っているものもあります。店で使うと酷使することになるので、破れます。破れたら繕います。もったいないからじゃないんです。念が籠ってしまっているので、どうにもならないのです。それは場所に対しても人に対してもあります。意識がそこに宿るとでもいうのでしょうか。精霊ってあるじゃないですか。森の精とか絵本で出てきそうなもの。そういう感じ。

一度、店の移転案が出たことがあるんですが、離れられませんでした。古民家風のところで、理想的でしたが、理想的ではありましたが、その時すでに今の店舗に念が籠り始めていました。ただ、いつかはこの場所を離れます。むしろそれが目標でもあります。そういうことでもあるんです。





ところで、まだ日中は少し萎れますね。根付いていません。根付くのかどうかもまだわかりません。
特に1作品目で植えたシロモジは結構萎れます。

植えた植物はシロモジ、イロハモミジ、ナンテン、コナラとか(たぶん)。まだヤマウコギ、イヌビワと思われる植物のストックがあります。



もっと書きたいことがあったはずですが、思考が減速してきたので、この変で止めておきます。

最後に、今回の日記を締めくくる良い言葉が見つかりました。



「雄弁は銀、沈黙は金(苦笑)」
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Theme:心、意識、魂、生命、人間の可能性 | Genre:心と身体 |
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